レオナルド・ダ・ヴィンチは画家にその想像力を支持しまた同時にそれを解放するために、壁の亀裂を眺めながら夢想することをすすめたことがある。このテーマがユイスマンスの夢にもあるのだ。古い壁には(『仮泊』五四ページ)「ぞっとする老年の持病がならんでいる。水のカタル性の喀出、漆喰の赤色膿疹。窓には目やにがつき、舗石は瘻ができ、煉瓦には癩病がとりつき、塵芥の大出血だ。」
この金属的な壊疽や石化した傷口は絵画的なものの単なる行きすぎではなくて、あらゆる実体についての深い疑惑を含んでいる。
小説『仮泊』の冒頭には石の夢が描かれている。そのテーマは精神分析の初歩的教育の基本練習問題となるだろう。その上面白いことにはこの小説のあとの方で、ユイスマンスがこの夢の解釈をおこなうことである。
石にされた果物は、地上の恩恵を拒絶する、大地の想像力の食慾欠乏という特色をあらわす
「それぞれ一個の石から切りとった葉が、いたるところにからみついていた。いたるところに、葡萄の株の赤い炭火が燃えない炎をあげている。その炭火には蛇紋岩や大理石や、さまざまの微光をはなつ、明るい緑のエメラルドの光をきりとった葉をつけた、鉱物の薪がさしかけてある。葉は草色の橄欖石(オリヴィヌ)、海緑色の藍石、黄色がかったジルコン、空色の緑柱石。いたるところ、上から下まで、支柱のてっぺんから、幹の根もとまで、葡萄の木は、ルビーやアメティストの葡萄の粒をつけ、ガーネットやアマルディヌの葡萄の房や緑玉髄の白葡萄や、うすい橄欖石や石英のマスカットを稔らせ、赤い稲妻、紫色の稲妻、黄色の稲妻の信じられないような光線を放射し、梯形に火のような果物をつるしていた。その外観は、螺旋の圧搾機の下で、まばゆい炎のように葡萄液を吐き出すばかりの、収穫したての葡萄とまったく見まごうばかりのものであった。」
おそらく大地に無神経な読者は、こういう個所はなんのためらいもなくとばして読んだことだろう。つまりここに具象的な描写のための安易な手法しかみとめないはずだ。もし読者がポール・クローデルの『宝石の神秘学』に捧げたあの文章のように深い象徴的価値が働いているのを感じたら、そこに吸いよせられただろうが。夢の心理学者もユイスマンスのこのページに、同じようにきびしい態度をとるであろう。あまりに盛りだくさんなので、この夢に正統的な無限状態をみとめることを拒否するだろう。けれども文学的夢想の精神分析家は、この積みすぎこそ作家を導く関心をまぎれもなく示す契機だととるべきである。
石に変えられた葡萄の根は「たましいの暗黒部において作用している地下の糸」でありその道筋をたどっていくと、夢想家の「忘れていた地下倉が突然照らし出され、子供のころに使っただけで、放ってあるその物置とつながっていくのを見る」(六〇ページ)ということができる。
「緑石(マドレポール)」は石化した泉に参入することではなかろうか。イマージュを全体化しようとする夢想のためには、湧水と水盤の共生がある。
夢想の独立したひとつの世界が石と水を結合するイマージュ群のなかで活動しはじめる。そのイマージュは石を分泌する力を水に与え、石には鍾乳状に流れる力を与える。泡だつ白い水はガラス状になったもののイマージュを喚びおこす。
パリシィは石や水晶の形成を、水が凝固し、水が大地を濃縮し、それにインクの価値を与える作用だとみなしている。ペンの夢想家ならだれでも、この白いページの上の黒いインキの価値に敏感であるべきだ。
しかしふたつの物質の元素の境界で形成されるイマージュ群をことごとく研究しようと望んでもきりがない。大地の元素にとって、すべての泉は石化しうるものだ。大地から出てくるものは、岩石の実体の徴しを保っているのである。
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2016年4月19日火曜日
ガストン・バシュラール「石化の夢想」(及川馥・訳『大地と意志の夢想』思潮社、1972年)その2
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