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2016年6月6日月曜日

考古学と磐座

祭祀に関わる岩や石を磐座と総称するのは、最新の研究状況からは遅れています。

磐座と呼ばれていない岩や石が山ほどあることを、もう知っておかなければいけません。

「まず隗より始めよ」(言い出したら、まず自分から、近いところから始めよ)という言葉があります。

せめて私からでも、この固定観念が治るまで言い続けないと、と思ってこのブログを運営しています。

かつて埋蔵文化財の報告書を漁っていた時も、問題意識なく磐座という言葉を当てているケースが多く、みんなでイメージを固定化させていく様が悲しかったです。

ここ5年くらいはどうかな?と思い、リポジトリ化されている報告書の中で磐座の記載があるものをピックアップしてみました。
どんな文脈で磐座を使っているか、いっしょに見ていきましょう。

「磐座=神が宿る石」だと安易に考古学が断定して良いのか?

今回参考にした出典はこちらからです↓
全国遺跡報告総覧


『玉名高校校庭遺跡』(熊本県教育委員会 2014年報告)

報告書はこちら(pdf)から。

該当箇所は下記です。
金比羅山(標高147m)は三角形に尖った山で山頂に大きな立石群があり、磐座になっている。磐座は郡司の日置氏が祭る氏神の疋石神と考えられ、磐座を基点に玉名郡衙が設計されている(坂田1994)。
山頂の立石群は磐座で、磐座は日置氏の石神だと書いています(「疋(ひき)」は「日置(ひき)」のことで石神の神名を指す)。
 
磐座は石神であるなら、言葉を使い分ける必要はないと思います。
しかしその昔、神道考古学を提唱した大場磐雄先生は、磐座と石神は見極めにくい所はありつつも、異なる概念に基づく用語であると考察しました。
私が知る限り、この大場説に対して反駁されている研究はまだなく、基本的に磐座と石神は分けて考えないといけません。
音の上でも、「カミ(信仰対象そのもの)」と「クラ(座席)」 の使い分けは認めなければなりません。

なのに、この報告書では学史に則っておらず、磐座と石神を一緒くたにしています。
「座席」は「神」であるという記述に疑問をもつと、この類の記述は減ると思います。


『山梨県内山岳信仰遺跡詳細分布調査報告書―富士山信仰遺跡に関わる調査報告―』(山梨県教育委員会 2012年)


報告書はこちら(pdf)から。

該当箇所は下記です。
山頂、山腹、山裾に岩場・巨石の存在が認められる場合はそれ自体が信仰の対象とされている。山頂における岩場、山頂・山腹に見られる磐座としての巨石である。

巨石と磐座という二大古典ワードが用いられています。
巨石とは何か。磐座とは何か。それぞれがふわっとした使い方ですと、読者によって受け取り方が異なるので、定義が必要です。

この報告書の記述だと、山に岩場や巨石があればそれは磐座であるという、危険なことを書いています。
それでは、全国各地にある奇岩巨石はすべて信仰対象になっているかというと、天然記念物や名勝・観光地としての奇岩巨石が多いことは言うまでもありません。

山に大きな岩が出ていたら、もれなく信仰されるというシンプルな観念ではないのです。

また、山頂にある磐座とは、どういう祭祀の構図を想定すればいいでしょうか?
磐座は、そこに神が宿るという概念を前提にして成り立ちます。
山頂は山の頂点ですから、そこに降臨させるのは天上界の神々ということでしょうか?
天上界の信仰は太陽や天体信仰、あるいは形而上的な神話観念に基づくものになってきます。
それらは、山の霊威からくる山の神の信仰とは相いれるものなのでしょうか?

山頂の岩、山腹の岩、山麓の岩 。
立地ひとつを取り上げても、すべてが同質の機能を担っているとも言い切れないのです。


次の該当箇所を引用します。

勝手社跡(2200 m 15)は「弁慶の片手回し」と称する高さ15m もの卵形の巨岩を御神体とした磐座の脇にある祠跡

祠の隣の巨岩(巨石との用語の違いも気になる)が、磐座であり、御神体であると断言できるのは、そう明記した文献がある時ぐらいでしょう。
弁慶が片手で回したと語られる岩石が、本当に御神体なのでしょうか?

巨岩は磐座という固定観念を優先して、弁慶伝説は所詮後世の付会、などと無意識に判断していないでしょうか?
これは、弁慶が片手で回したと伝えてきた過去の人々に対して失礼なことです。


次の該当箇所を引用します。

断崖状の岩場上方には磐座状の巨石がある

「磐座状」という表現が目に止まります。磐座状とは、どういう状態なのか。
磐座とは「神が宿る岩石」という意味を持ちます。
神が宿る岩石の形は、見た目で識別できるものではありません。本来、信仰者の心の中の態様で規定されるものです。

この報告書の書き方ですと、調査者は信仰者の気持ちがわかるという自信があって、この石は古代人が信仰していたに違いないという責任を負っていることになります。

おそらく、実際はこの調査者はそこまで自覚せずに軽く書いたと思います。
しかし、このように研究者の主観的な表現ではごまかせない時代に突入していると思います。
岩石信仰に対してこのような軽い記述では、考古学界自らが磐座研究をいかがわしいものとして追い込んでしまうでしょう。


『殿村遺跡とその時代II』(松本市教育委員会 2013年)


報告書はこちら(pdf)から。

該当箇所は下記です。
山中にはさらにいくつかの信仰のスポットがあります。ひとつは山頂周辺の岩場や、あるいは岩屋神社のある大きな岩場、また山の西寄りにある長岩と呼ばれる巨岩などです(第11 図)。このような巨大な岩が立ちはだかっている場所というのは、有名なところでは九州の沖ノ島のように、磐座として聖なる場所、神が降臨する場所として、原始・古代から人々の信仰を集める場所だった。

「山の中の巨岩=沖ノ島の磐座」とイコールで結び付けるのも、恐ろしいことです。
沖ノ島は、異国との境という性格や、海中の島という性格、さらに国家的祭祀の場という、さまざまな特殊な側面があります。

長野県の当地と、地理的環境、祭祀集団の目的は一致するでしょうか。
沖ノ島を、ただの自然信仰の場として安易に援用することに、研究者は慎重である必要があります。



『北青木銅鐸』(神戸市教育委員会 2012年)


報告書はこちら(pdf)から。

該当箇所は下記です。
東灘区では巨石の磐座の下から埋められた銅曳が見つかった祭祀遺跡として著名な保久良神社遺跡

サラッと書いていますが、保久良神社遺跡の銅曳について言及したこれまでの研究者も、傍らの巨石が磐座だとはなかなか断定してこなかったのでは・・・。
ビックリしました。

これを磐座と断言すると、弥生時代の磐座の存在を軽く肯定してしまうのですが、大丈夫でしょうか?

やはり、巨石という書き方が曲者です。
私から言わせると、言うほど巨石じゃないです。保久良神社にはもっと大きな「巨石」が近くにいくらでもあります。私の主観ですが。
でも、結局、巨石か巨石じゃないかって、そういう主観の外を出る議論にはならないので、巨石だから何々と語るのはナンセンスなのです。


『キジ山古墳群・晴雲寺址』(愛知県埋蔵文化財センター 2014年)


報告書はこちら(pdf)から。

該当箇所は下記です。
T.T.029 の北側には、立石状の巨岩とその周囲に土壇のような平場が立地していることから、磐座もしくは岩陰祭祀の可能性も考えておきたいが、T.T.030 などのトレンチ調査でこれを示す証左は得られていない。

あくまでも「可能性」と書いています。書くとしたら、これぐらいの記述にしておきたいです。

しかし、「磐座もしくは岩陰祭祀」という二択の違いがいまいちよく分かりません。
磐座が抽象概念で、研究者によって言葉の揺らぎがあるのに対し、岩陰祭祀は目に見える祭祀の形であり定義がはっきりしていることによる違和感です。

岩陰祭祀は磐座祭祀とは違うかもしれませんが、岩陰祭祀は磐座祭祀と一緒かもしれません。
調査者がそこをどう考えているかを表明しないと、この書き方はできません。


『小笠原氏城館群』(松本市教育委員会 2016年)


報告書はこちら(pdf)から。

該当箇所は下記です。
和泉川と宮入川に挟まれた標高994m の尾根上に立地する壮大な城で、鉢巻状石積や枡形虎口、磐座を思わせる岩塊を伴う主郭1 の背後には同規模に近い副郭2 があり、背面の高土塁と尾根を遮断する堀切は壮大である。

磐座を思わせる岩塊とは何なのでしょうか?
これも、形状で定義できない概念を、外見の印象で当てはめようとしています。

磐座を、外見面から傾向を示した実証的研究というのはありません。未踏の一大研究テーマだと思います。私はできるかな・・・今の資料数では荷が重いです。
おそらく、岩石の形状を定量化することが難産ではないかと思います。


まとめ


わずか数点ですが考古学の現状を見てきました。

感想としては・・・
「磐座」は自然物の「巨石・巨岩」で、学術的に推測の域を出ないから、結局何を言っても許されるという"温い考え方"が通底している気がします。

実証主義・資料主義を標榜する考古学であるなら、まずは考古学から変わって範を示していかないと、他学問、ひいては一般社会に"磐座の名誉回復"をなすことは夢のまた夢でしょう。

とにかく、誤解された磐座がかわいそうです。
ご覧いただいた方々におかれては、磐座の本来の意味と扱いかたを再考するきっかけとなれば幸いです。
考古学の外からでも、いっしょに"磐座の名誉回復"をしていきましょう。


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