2021年5月23日日曜日

室生の龍穴(奈良県宇陀市)


奈良県宇陀市室生


室生龍穴神社の奥宮を「龍穴」と呼ぶ。

箱崎和久・中島俊博・浅川滋男「山林寺院の研究動向―建築史学の立場から―」(『鳥取環境大学紀要』第11号、2013年)によると、『続日本紀』の記述を引き、室生龍穴・室生龍穴神社・室生寺の関係を次のようにまとめている。

  1. 龍穴への信仰がまずあった。
  2. 龍穴の霊験が広がり、朝廷の命でその地に室生寺を造る。
  3. 室生寺の創建より遅れて、室生龍穴神社が近接して造られる。
  4. 龍穴は奥宮として位置づけられる。

同論文では、このように特殊な自然物から端を発して寺院が造られ、その鎮守社としての神社が後から建てられるような流れは他地域の山林寺院にも見られ、自然物信仰・神社・寺院の関係性を示す範型の一つとして取り上げている。

室生寺、室生龍穴神社の資料・縁起には欠損や断片的なものが多く、諸系譜が入り乱れているため上記の流れが確定的かというとまだ疑問の残るところではある。


藤巻和宏「初瀬の龍穴と<如意宝珠>―長谷寺縁起の展開・「宀一山」をめぐる言説群との交差―」(『国文学研究』130、2000年)では、室生龍穴の存在が近在の聖地にも影響を与え、たとえば大和長谷寺の初瀬龍穴信仰は室生龍穴を模したものと論じている。

藤巻論文では、鎌倉時代の文献である『古事談』や『宀一山秘密記』における龍穴の記述が取り上げられているが、これら現存する文献で語られる龍穴とは、龍(龍王・龍神)が住まう場所、ないしは、別世界である龍宮につながる入り口として描かれている。

岩石の裂け目や穴が、神聖な存在の内部空間や異界へのゲートとみなされる例であり、岩石はいうなれば宮殿の外壁あるいは高い転送装置としてのハードであり、たとえば岩石が龍の依り代や龍そのものという位置づけは正確ではないと言える。

また、当地に度々捧げられた祈雨の修法は、龍穴の前を流れる川や瀧を龍王の司り操る水と信じて、水量の増減を祈ったものだろう。

岩石信仰の観点から見れば、岩石単体での信仰ではなく、穴という視覚的な特徴に加えて、川水という自然環境の存在と、当時の仏典と神仏習合の形而上的な論理が絡み合って成立した事例である。


なお、現在とみに通称される「吉祥龍穴」の名は、古記録上では見当たらないため後世的な呼び方と考えられる。

龍穴の近くに「天の岩戸」も、いわゆる日本神話の天岩戸神話をモチーフにした点では後世的な聖跡と言えるが、日本神話としての天岩戸ではなく、龍穴を岩窟とみなしてその入口を塞ぐ岩戸として出発した存在かもしれない。

天の岩戸

天の岩戸

室生寺境内

室生寺境内の石積み

賽の河原

室生寺奥の院裏の岩盤と石塔


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