愛知県蒲郡市金平町岩上
現地看板のとおり、岩石の姿を陽石に準えて生殖器崇拝の一例とみなす向きもある。
しかし、弘化年間(1844-1848年)に成立した羽田野栄木の『三河国古蹟考』によると「社の後に大なる岩石あり此を神体とすと云り、其石たてに三間許さしわたし三間許宝珠形に似たり」とある。
著者(神職者)や時代背景(江戸末期国学)を加味する必要はあるが、陰陽石ではなく宝珠形に準えた歴史も併記されるべきだろう。
三間ということで縦横約5mの規模を記し、これを『三河国内神明名帳』の「寶飯郡 石上天神」の論社に比定している。
0 件のコメント:
コメントを投稿
記事にコメントができます。または、本サイトのお問い合わせフォームからもメッセージを送信できます。