奈良県桜井市多武峰
竜ヶ谷の竜神社
竜ヶ谷からは、寺川(大和川と合流して大阪湾に入る)の源流の一つとなる湧水が清らかな流れとなり、また滝となってひときわ神秘的な音楽をかなでている。巨大な岩が露出し、その上には竜神社が祭られている。当地の古代信仰の原始の姿を残す磐座で、祭りの場所となったところだ。(長岡千尋『大和多武峰紀行:談山神社の歴史と文学散歩』1998年)
著者の長岡千尋氏は談山神社宮司であり、神社の公式見解として重要な記述である。
本書の位置づけは紀行文であり長岡氏自身が記すとおり、単に歴史的事実のみ並べるものでなく資料の紙背を読んで人の心の中の歴史をも縁起的事実とみなすが、基本的には学術的見地に立って著されている。
その本書において、談山神社における岩石信仰・磐座として明記されたものが竜神社のみという「事実」は、本書上梓時の長岡氏のフィルターを通してではあるが、現在の談山神社の磐座のありかたとは様相が異なり興味深い。
(現地では龍ヶ谷・龍神社の表記)
竜神社 |
滝と同化した露岩を磐座とみなしたもの。社祠底部にも岩石が据えられている。 |
竜ヶ谷 |
龍珠の岩座と多武峰縁起
「龍珠の岩座」が『多武峯縁起』に記されているかのように現地看板にあるが、同縁起の該当記述を読むと「堂東大樹邊。異光時時現。」とあるだけで、岩座を含めた岩石の存在は明記されていない。
堂東の大樹の辺りという位置関係から推測、あるいは口伝によるものかもしれないが、先の長岡氏前掲書を加味して批判的にとらえたい。
むすびの岩座
情報収集不足のため由来不明。
厄割り石と厄捨て石
厄割り石 |
厄捨て石 |
談山神社では境内の東西に分かれて厄割り石(東殿前)と厄捨て石(総社脇)の2つの岩石が存在する。
名称が微妙に異なるが祭祀内容は同一である。なぜ二か所に分かれることになったのかその経緯が気になる。
参考文献
- 長岡千尋『大和多武峰紀行:談山神社の歴史と文学散歩』談山神社 1998年
- 塙保己一 編『群書類従』第拾六輯,経済雑誌社,明治27. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1879797 (参照 2024-04-29)