愛知県犬山市栗栖
神社から五百メートルほどの奥の桃山は桃太郎が最後に姿をかくしたところと伝えられ、太古からこの山をご神体として仰いできた。その麓にある磐座は祭祀が行なわれた場所である。現在はメンヒルと呼んでいるが、こうした遺跡は山をご神体とした最も古い信仰の起源を物語るものであると云われている。
(桃太郎神社発行「犬山桃太郎神社解説之図」由緒書)
犬山桃太郎伝説の詳細は別項に譲るが、桃山の麓にはメンヒルと呼ばれるものがあると記される。
現地を訪れると、桃山の麓に栗栖神社があり、川沿いに東へ道が続いている。
すぐ左右に二股分岐するが、山側の左は桃山を登るルートで「ミラマチロード in 栗栖」の看板が建つ。そちらではなく標示のない川沿いの右の道を進むとすぐにメンヒルと山神碑がある。
桃山 |
「メンヒル」 |
裏の地山は削平されたような傾斜を見せる。 |
メンヒル(左)と山神碑(右) |
高さ1mほどの岩塊に、楕円形の礫が取り囲むような構造であり、周囲の礫は明らかに整形されているが旧状はどのようなものだったのか。
犬山日本一桃太郎会のnote記事によると、昭和4年(1929年)4月16日付の新愛知新聞で「栗栖村にメンヒル発見」の見出し記事が紹介されている。
犬山附近武陵桃源の栗栖村を訪ひ昨年発見したストンサークルを調査したした。(鳥居龍蔵「尾張の旅より」1929年。原文ママ)
いわゆる「鳥居さんのドルメン」(鳥居さんは巨石を見れば何でも巨石文化のドルメン・メンヒル・ストーンサークルと呼ぶ)と揶揄された案件の一例であり、桃太郎神社の地ということもあいまってキワモノのような扱いを受けそうだが、桃太郎神社のスタートはゼロからの虚構ではなく元ネタがあり、かつては子守神社の名で呼ばれていたという。
桃太郎神社として観光地化される前の桃山の信仰について記された文献が残っており以下引用する。
桃の山の下に、古来子供の守り神がまつられて、毎年紅葉の色付きて山を彩る頃の十一月七日が祭典であって前日六日の夜から村の子供達はこの祠の前で、徹夜して御馳走を煮て食べたり、踊り廻ったりするやさしい風習がある。もし子供が夜泣きしたり病気のときは、子供と同じ位の、身丈の幣を捧げてお祈りをすると、たちまち平癒すると云ふので、村人は篤く信仰して居る。本年(吉川注:1929年)四月十二日、此の子供の神様は桃太郎神社と改稱せられ、引續き、犬山町に於て、東西の御伽噺の大家を召し盛大なる桃太郎祭を取り行ふて、大いに氣勢を上げた。
(愛知出張所「わしが部内(其の一)」1929年)
桃太郎神社と名前を変えられる前の、夜泣き止め信仰などの子供の守り神としての桃山(桃の山)の姿が浮かび上がるようである。
桃の山といふに、古来桃太郎神社が祀られてあったが、不便な場所なので、昭和五年に日本ラインに近き、桃太郎屋敷の所に移転した。
(藤原鎌兄『健勝地高日本』1939年)
メンヒル発見と合わせて、1929~1930年にかけて急速に当地が「桃太郎」と「巨石文化論」の外部影響を受けて観光地化していく流れが垣間見られる。
桃山自体の桃信仰は江戸中期まで遡れる。
古来、栗栖郷桃の山山麓に鎮座と記録にあるが、この神社の昔の棟札には、寛延二年(一七四九)と寛政十二年(一七四八―)のものとがあり、寛政六年に書かれた奈良絵本の『御巻物桃太郎』、『桃太郎一代記』などがある。昔は「桃の神」と棟札に書しており、古事記に明記されている桃の精霊「意富加牟豆美命」(オオカムヅミノミコト)を、子供の守護神として奉斎したものである。
(中谷一正『日本説話文学の研究』1982年)
この当時、桃の神の祠の隣で「発掘」前の岩石群がどのようなものであったかは最早知る由もないが、江戸時代における桃太郎伝説の信仰地として、そして、「メンヒル/ストーンサークル」と呼ばれた一種の「近代遺産」としての歴史的評価はあらためて見直されて良いだろう。
栗栖神社元宮跡。現・栗栖神社の約500m南にあり、大正12年(1923年)に現在地へ遷座したという。桃の神の近くに遷座しにきたということになる。 |
参考文献
- 桃太郎神社発行「犬山桃太郎神社解説之図」由緒書
- 犬山日本一桃太郎会「『犬山桃太郎伝説』昭和4年の新聞報道」https://note.com/inuyama_momotaro/n/ndfe0c03f62e5(2025年1月12日閲覧)
- 鳥居龍蔵「尾張の旅より」『武蔵野』14(6),武蔵野文化協会,1929-12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7932485 (参照 2025-01-12)
- 愛知出張所「わしが部内(其の一)」『御料林』(15),帝室林野局林野會,1929-08. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1539970 (参照 2025-01-12)
- 藤原鎌兄 著『健勝地高日本 : 信濃及附近濃飛両越参遠駿等高日本地方観光案内』,高日本社,昭和14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1036019 (参照 2025-01-12)
- 中谷一正 著『日本説話文学の研究』,中谷一正,1982.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12454122 (参照 2025-01-12)
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