2025年4月6日日曜日

小六石(長野県諏訪郡富士見町)


長野県諏訪郡富士見町境

 


 昔、武田信玄の家臣に牧場田小六という人があり、天文年間の甲越戦争の際、この地に小屋を構えて居住し、農耕のかたわら諏訪側の状況を偵察、この小六石を目標とさせ、やがて来る甲州軍の使者に情報を伝える使命を帯びていた。この牧場田小六の名前をとって小六石といっている。また、小六という部落名もこれからとったと伝えられている。
 別の話として享保時代名僧が、旅より旅へ托鉢してこの地に足をとどめた。ちょうどこの地方に悪質の病がはやり、僧はこの石の上に三七、ニ十一日の間座ってその病気の祈祷をした。石の部分の穴は、僧の精神の集中力が汗と化し、その汗のひとつひとつが固い石をうがったといわれている。

諏訪教育会 編『諏訪の近現代史』,諏訪教育会,1986.7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9540456 (参照 2025-04-06)


現地看板には「岡田小六」の名で記されており、名前には揺らぎがあるようだ。

前段の武田家の伝説は特別視の対象としての岩石であるが、後段の石を穿つ伝説は構想が祈祷に用いた祭祀の場としての岩石であり、堅固性の象徴である岩石を逆手にとった精神性が石肌の特徴と絡めて伝承されている。


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